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孤譚

思いつきで始めるブログ。漫画や音楽、アニメ、小説などの感想や、突飛な思いつきなどを書く。プログラミングが趣味だから、そういう話もしたいところ。一度失敗したのに懲りないのはいつものことだ。

青年、ヴァニラ画廊に行く ~「虚ろの国のアリス展」、「少女の主張」感想~

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青年、ヴァニラ画廊に行く ~「虚ろの国のアリス展」、「少女の主張」感想~

ヴァニラ画廊案内
展示内容

はじめに

 、私は「ヴァニラ画廊」という場所を訪ねた。場所は新橋駅の近くの建物の地下2階。入場料は500円。 きっかけは花蟲氏のTwitterアカウントで「虚ろの国のアリス展 Alice in Hollowland」というものが開かれていると聞いたことであり、後で「少女の主張 EXHIBITION/Homage‐Peach MoMoKo」という展覧会も同時に開催していると知った。そこで、主に花蟲氏と富崎NORI氏の作品を目当てにこの2つの展覧会を見物しに行ったのである。 今回はこの展覧会を見に行った感想を記そうと思う。色々な意味で素人の作文だから、あまり期待しないでお読みいただきたい。 特にメモをしていたわけではなく、記憶を頼りに作品名や作品の特徴を書いているため、事実と異なる部分や誤記もあるかもしれない。ご容赦いただきたい。


虚ろの国のアリス展 Alice in Hollowland

 「虚ろの国のアリス展」は題名通りルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」をモチーフとした作品の展覧会であり、童話の世界に鬱屈とした成分を垂らし込んだような内容だった。部屋の中は、入り口から入って正面のところに花蟲氏のアニメーションの上映、中央にテーブルと椅子、壁には各作者の絵、天井には花蟲氏の作品のタペストリーがぶら下がっているという構成だった。 中央のテーブルにはトランプが散らばっており、「Drink Me」のラベルが貼られた赤い液体入りの薄汚れた瓶や、赤く塗られた白い薔薇などが置かれている。いずれも「アリス」に縁のある品々であった。椅子には黒いシルクハットや絵の入ったクッションなどが置かれていた。 部屋の中をマチゲリータ氏作曲のアニメーションのBGMが響き、テーブルや椅子の力の入った装飾が存在感を放っていたために、展覧会の会場の中は外界とは全く異なる空気となっていた。

 shichigoro氏の作品はアリスのキャラクターの体を重苦しい金属や合成樹脂で置き換えたようなものを描いた絵画だった。皮膚はセラミックに置換されているように見え、薄汚れている上にヒビが入っている。衣装は金属やチューブ、ガスのフィルタなどでできており、錆で汚れている。スチームパンクというものだろうか。ファンタジーの世界に異常な発展を遂げた科学技術の合理性を持ち込んだ異質さがある。 展示されていた作品の一つに「A-boushi-ya」がある (どういうわけか、どの作品の題名も「A-××」という形式だった) 。 この絵の帽子屋は押し黙って睨みつけているかのような表情だが、どのキャラクターもそうだったというわけではなく、アリスの絵なんかは微笑みを浮かべていたように記憶している。ただ、セラミックの顔面の上の笑顔は冷たさや不自然さを感じさせるものだった。 トランプ兵の絵もあったが、トランプのカードに手足が生えたようなものではなく、金属と合成樹脂の円柱にトランプのマークがついているというようなロボットじみた風体で、ある種の合理性の追求を思わせるものだった。 トゥイードルダムとトゥイードルディーは目が大きくて可愛らしくも見える外見をしているが、その体表は陶器を思わせるものだった。

 花蟲氏を私が初めて知ったのは、氏のウェブサイトにある人形を操作するゲームからである。おもちゃ箱をひっくり返したような世界をパズルを解きながら探索するゲームなのだが、その世界観に感動した記憶がある。花蟲氏の作品は、私の中では怪物と少女という組み合わせが多いという印象だったが、今回の作品にもそのような作品があった。アリスの腕とうさぎが合体しているような絵、肥大した印象を与えるハンプティ・ダンプティとその上に立つ王冠で顔を隠した少女の絵、にやにや笑いを浮かべる目がたくさんあるチェシャ猫とその隣でしかめ面の少女の絵、時計と融合した時計じかけのうさぎの絵。少女のギョロリとした丸い目玉や、怪物たちの厭らしい笑みが印象的である。ある絵には帽子屋らしき怪物が描かれていて、シルクハットを被り、コーヒーカップを持っていたからそのように判断したのだが、その外見は目玉がいっぱいで触手の生えた球体である。童話のような世界の中に毒々しさを感じる作風は、今回のアリスをテーマとした展覧会の主軸を感じさせる。 最も記憶に残ったのは前述のアニメーションで、「Down, down, down」といった感じの題名だったと思う。内容はアリスが穴の中を落ちていくというもので、蝶が空を舞ったり、魚が空中を泳いでいたり、穴の側面からハンプティ・ダンプティや例の触手玉などの怪物が顔を覗かせたり、心臓のようなものが出てきたり、きのこが生えてきたりする。画面は賑やかに変化するが、アリスは始終虚空を眺めながら落ちるばかりであり、地面に着地したり誰かが受け止めてくれたりすることは無さそうだ。アニメーションは展覧会中ずっとループ再生しており、アリスは展覧会が終わるまで、怪物たちの見守る中を永遠と落ち続けたことだろう。

 今回の展覧会で最初に鑑賞したのはトレヴァー・ブラウン氏の作品で、その作品とは「pandora posters, squeee!」に掲載された二つの絵のうちの下の方の絵画のことである。ボロを着た少女が壁に寄りかかって座り込み、蛆の湧く腐った林檎を持っている。倒錯したものを感じ、初っ端からかなりの衝撃を受けた。 他にも「alice in hollowland」にも掲載されている触手の生えたゼリーを抱えた半裸の少女の絵や、力なく垂れ下がるフラミンゴの首とそれを睨みつける少女の顔が印象的な「impotent」という題名の絵画 (題名の意味は「インポテンツ」だそうな) 、少女の姿をしたトゥイードルダムとトゥイードルディーの絵などがあった。その中でも最も印象に残ったのは「another alice」という題名の絵画で、半裸の少女の顔や胸がクレヨンで落書きされているというもの。いやに暗示的な作品である。今回の展覧会での最大の収穫は、「トレヴァー・ブラウン」という名前を知ったことであった。私にとってはそれほどに衝撃的な作品だったのである。

 この展覧会では七菜乃という方の作品もあった。その作品は「trevor cos」。前述のトレヴァー氏の作品を自らの体を使って再現するというもので、まさに「トレヴァー・コス」というわけである。「i heart u」という記事で紹介されているのは、心臓の形の頭の少女を描いた同名の題の絵画を七菜乃氏の頭で再現したものである。例の「another alice」を再現した作品もある。詳しくは語らないが、芸術的な半裸だったよ。

 GENk氏の作品はややホラー風味のもので、いずれも女性を描いたものだった。胸から血が流れ、それが空を覆いつくすような様を描いた絵画は、女性の生気のないぼんやりとした鈍色の瞳が記憶に残る。うさぎの耳の生えた女性の絵は無表情で刺すような瞳が印象的である。背景は明るく淡い青色で、うさぎの耳はえらく抽象的なふわふわとした白いもやのように描かれているだけに、女性の表情が対照的に映る。氏の作品の中で最も興味を感じたのは「kawaii in bloom」という題名 (だったと記憶している) の作品である。目をカッと見開いた少女の周囲には、「Drink Me」のラベルの瓶からこぼれた黒い液体や、色とりどりの錠剤と思しき物体。「Eat Me」と書かれたものもある。寓話的なものを想起させる面白い作品である。

 猫将軍氏の作品には鈍重さやメルヘンな空気はなく、むしろ鋭利なものを感じさせる。 ハートの女王の絵画は女王の冷徹さと酷薄さを感じさせるもので、手に持つフラミンゴは目を封じられ、くちばしは縛られ、体は拘束されている。このフラミンゴならばクロッケー大会も滞りなく進められそうに思われる。トランプ兵の絵は「Black」と「Red」の二つ (確かこういう題名だった) 。表情の隠されたトランプの兵が赤と黒の対になって上半身を逆さにくっつけたような絵で、スタイリッシュな印象を与える。上下がひっくり変えると攻撃方法が変わる敵としてビデオゲームに出てきそうだなと考えてしまったのは、氏がゲームのキャラクターデザインを担当したことがあると直前に聞いたためだろう。

少女の主張 EXHIBITION/Homage‐Peach MoMoKo

 もう一つの展覧会は題名通り、桃桃子という方の作品を中心に据えたものらしい。アリスの展覧会とは違ってこちらには飾りはほとんどなく、作品だけが並ぶ構成である。

 桃桃子氏の作品は「死」と「女性」をモチーフとしたものであるらしい。女性とともに骸骨や腐乱死体、銃火器などが描かれた作品が展示されていた。 「双子の姉」という題名の絵画があったと思うが、あの絵画に描かれていたのは確か、女とそれにべちゃりと寄り添う腐乱死体だった。どちらが姉なのだろう。 他にも、女の運転する霊柩車の助手席に死体、寺院部分に骸骨というような絵や、建物や事物が片側面で崩壊している「破壊と再生」のシリーズ、死体の中の女性が描かれた「乙女ちゃん」、伝統的な建物のような物体の前に立つボロを着た女を描いた「腐敗世紀日本」などが展示されていた。 中でも強烈だったのは、包帯で巻かれた女と、手足が切られ腹を開いた裸の女を描いた「ギブアンドテイク」という題名の絵画である。二人の女の肉体には番号がところどころに振られており、その番号は対応する部分を移植する1という意味合いなのだろう。 また、棺か墓の山の前で銃を抱えた女を描いた「スラム墓地」、ヘルメットを被り、ランドセルに手榴弾を括り付けた少女の兵士の絵画「ランドセル隊」、ヘルメットを被り鳥を抱えた女とその背後にある銃痕の残る壁の絵画「ミリタリー墓地」など、政治的な意図を感じる作品が目立った。

 Damien Glonek and Ed Longという方々は「リビング・デッド・ドールズ」というものの産みの親とのことで、その展示作品も1つの絵画を除けば全て人形であった。絵画の方は嫌な目つきの少女の絵で、展示された人形は少女人形ではあるのだが、題名どおりに生ける屍といった様相。血が垂れていたり、非人間的な目つきだったりしていた。

ステーシーズ―少女再殺全談

大槻ケンヂ氏の「ステーシー」関連の作品を集めたもの。

 富崎NORI氏の作品を最初に見たのは「ステーシーズ―少女再殺全談」という書籍の表紙だった。それ以来、氏の作品が気になっていたため、この機会に鑑賞できて良かったと思う。 氏の作品もまた少女を描いたものが多いのだが、その少女たちは球体関節人形の姿をしている。 最も印象に残ったのは「ビニールのうさぎ」という作品で、やはり少女が登場するのだが、その少女は片手に虫取り網、もう一方の片手に紐を持っている。紐の先はにんじんに結ばれており、にんじんはビニールのうさぎの前に置かれている。背後にはケージがある。少女はどうやらビニールのうさぎを捕まえようとしているように見える。文字に表すとなんだかユーモラスな風に聞こえるが、少女が少女なだけに、あまりそういう感じはしない。 「お馬さんごっこ」という絵画は、青い四つ足の物体を少女が足の間に置いて、物体の頭につけられた手綱を持っている様が描かれている。物体は馬のように扱われているが、大きさと姿からして犬を青い布で包んだものであるようだ。その側には空の鳥籠がある。鳥籠の周りには鳥の羽が散らばっており、その反対側には青い布で覆われて飛べなくなっている鳥。何だか薄ら寒いものを感じる作品である。 他にも少女の部屋中にビニールのうさぎの人形を置いた絵画や、人形を結わえた紐を持つ少女の絵「」、毛糸玉の鳥が印象的な「毛糸」などもあった。

 千之ナイフという方は漫画家のアシスタントを経験した方らしく、作品はやはり女性の絵であるのだが、その女性の容貌が特徴的で、目は大きく、口は小さめで、目と口の距離が狭く見える。女性の容貌の表現の独特さから私にはピンと来なかったが、独特な題材を扱う漫画を制作している方らしく、興味のある方もいらっしゃると思う。

購入したもの
購入物品

ポストカードと封筒。封筒は画集などの校正に使った紙を再利用したものらしい。封筒はトレヴァー・ブラウン氏の絵が描かれている。画集は予算オーバーで買っていない……。

おわりに

 以上で展覧会の感想文を終わりとする。今回の展覧会ではもともと知っている方の作品をじっくりと鑑賞する機会を得られたというのもあるが、知らなかった作家の作品を知ることができたというのも大きな収穫である。このような展覧会に行くのは実は初めての経験だったが、機会があればこのような展覧会にまた行ってみたいと思う。画集も購入したいところだ。

買ったら感想を書きたいものだ。いつ買うかと聞かれれば、それは資金の目途が立ったらということで……。



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