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孤島の奇譚

思いつきで始めるブログ。漫画や音楽、アニメ、小説などの感想や、突飛な思いつきなどを書く。プログラミングが趣味だから、そういう話もしたいところ。一度失敗したのに懲りないのはいつものことだ。移動しました→http://isolated-hyakunin-isshu.blogspot.jp/

感想・漫画「幽麗塔」

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感想・漫画「幽麗塔」

この記事は元来は別のサイトで投稿していたものです。

「幽麗塔」第1巻
「幽麗塔」全巻

 「幽麗塔」という漫画作品をご存知だろうか。作者は乃木坂太郎氏であり、「医龍」で有名である (と言っても私は読んだことがないのだが) 。全9巻の青年漫画で、似た題名の黒岩涙香の小説「幽霊塔」が元になっているらしい (と言っても私はその小説すら読んだことがないのだが) 。私は某サイトでの無料で3巻まで読めるというキャンペーンでこの漫画のことを知った。普段は漫画を含めてまともに本を読まない私だが、冒険活劇として面白そうだと思って、購入して読んでみたところ、冒険活劇という一言では語ることができない作品と分かった。

 未読の方のために、内容を少しばかり紹介してみる。画風は劇画ではないが、萌え絵でもないという程度。舞台は昭和29年の神戸。天野太一という青年が主人公である。天野はカストリ雑誌を読んで怠惰に日々を過ごしており、金も無ければ仕事も無く、当然ながら女もいない。性格も恐ろしいほどに庶民的である。そんな天野だが、あるとき、不意にテツオという謎めいた美青年に出会う。テツオは幽霊塔というかつて身の毛もよだつ殺人事件の起きた場所に天野をつれてくる。実は、幽霊塔には財宝が眠っており、テツオは幽霊塔を徘徊する謎の殺人鬼に備えて天野を勧誘しようとしていたのである。テツオという魅力的な人物に誘われて舞い上がる天野だが、実はテツオには大きな秘密があった。それは、テツオは実は女性であるということ。幽霊塔で起こった殺人事件とは、老婆が若い女に殺されたというものだが、果たしてテツオの正体とは、そしてその真の目的は……。

 ここまでは未読の方でも問題ない範囲である。以降は既読の方に向けての話になる。


 私は冒険活劇を期待してこの作品を読んだと前に書いたが、実際のところ、この作品は冒険活劇としても優れている。カラクリ屋敷や孤島、隠された村などのいかにもサスペンスや探偵小説に出てきそうな舞台。謎めいたテツオという人物。奇妙な医者。天野の成長。混沌が未だに残る昭和の神戸の地で繰り広げられる、流血あり惨殺死体あり裸体ありの展開は、冒険活劇が好きな読者を満足させる描写に溢れている。ただ、これらの要素は作品の中で重要な地位を占めているとはいえ、作品のテーマはもっと別のところにある。

 この作品を「奇人変人がたくさん登場する」と評した人物がいる。確かにこの言い方も間違いではなく、読者がこの作品をどう受けとるかは様々であろう。ただ、この評価はあまりにも浅薄すぎる。実際にはもっと適切な表現がある。それは「当時の社会情勢の中で自分を押しつぶさずには生きることができなかった人々がたくさん登場する」ということだ。テツオはいわゆるLGBTの中のT、トランスジェンダーに当たる人物である。山科は男児を愛さずにはいられない。劇中では最後になるまで悪役然とした振舞いを見せる丸部も、最後の最後にその正体を語る。男女平等問題に関心のある方ならば、花園さえも抑圧された女性であると見なすかもしれない。それ以外にも様々な「社会的弱者」が作品に登場する。この作品に主張があるとすれば、それは主人公の天野が見出した、抑圧のない社会への理想であろう。作中の人物たちは様々な災難を被り、ないし引き起こしていくが、それも自由な社会があれば起きなかったのではないか、と考えさせる内容になっている。

 このような点で、この作品はかなり政治的な作品であると言える (青年漫画ではよくあることだろうが) 。ここ最近のLGBTや男女平等などの運動に賛同する方々や、抑圧なき自由な社会を理想とする方々ならば、この作品を素晴らしい作品と評価するのではなかろうか。近代的な良識を身につけた方々にとっては、この作品は現代社会にとって重要な問題を提起していると喝采を送るだろう。

 私はこの作品を政治的と評したが、政治的な主張はしばしば擁護したい対象を理不尽なまでに神聖化してしまうことがある。しかし、この作品はそのような単純化を回避している。「社会的弱者」である登場人物は様々な暗部を抱えている。テツオには幽霊塔での殺人事件で義母を見殺しにしたという汚点がある。丸部に至っては作中のほとんどの場面で底の見えないヒールとして活躍していた。政治的な問題が絡むと、しばしば潔癖とも言えるヒーローを創造してしまう人が多い中で、この点については私はこの作品を評価したい (とはいえ、この作品では、登場人物の暗部の多くは抑圧なき社会ではあれば回避できた可能性が示唆されている。その例として分かりやすいのがテツオで、そもそもテツオに対する日頃の扱いが無ければ、テツオは義母を見殺しになどしなかっただろう) 。

 ただ、私としては、この作品はそこまで挑戦的なものではなく、新しい価値観を提起するものでもないと評したくなる気持ちがある。私はこの作品の冒険活劇としての要素はかなり高く評価している。それでも、この作品のテーマである抑圧なき社会への理想は、現代主流となっている倫理観に乗っかっているだけのものと言うこともできなくもない。このての理想の矛盾や問題点に関心がある私としては、この作品のテーマは下らない理想論としか思えないのである。確かに登場人物の境遇は可哀想である。抑圧的で多様性を認めない社会が悪いと吐き捨てるのは簡単だ。しかし、実際のところ社会を構成する人々の多くはあまりにも凡庸であり、凡庸な人が凡庸なりに生きていける社会というものは抑圧がつきものだ。抑圧なき社会を実現するのは難しく、かといって実現しようとすれば新たな抑圧が凡庸な人々に襲いかかる。詳しくはここでは述べないが、このての理想は残念ながら問題点が山積みなのである。結局のところ、この作品を評価するとすれば、近代的な人々の間で支配的な倫理観に基づいた、極めて道徳的で理想的な物語といったところである (山科が男児ではなく女児しか愛せない人間だったら、もう少しはこの点でも評価できたかもしれない。多様性が大事という人々も、そのての人物の人権までも守りたいとは主張しがたいものだ) 。

 結論としては、現代の良識に則っている方は読んだら感動するかもしれないが、そうでなかったら肯定できない箇所が多々ある作品であると私は評する。政治的な要素は気にしないし、冒険活劇として天野の成長を楽しみたいという方にはおすすめできるかもしれない。



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